音楽レビ 映画レビ ひとこま画像 2006年1月25日号
 
 【不定期更新ブックレビュー】 著:葬儀関連派遣社員 浅羽 祐治(33歳)
今月の一冊
「となり町戦争」
三崎亜記
>>>>>

ブックレビューをご覧の皆様、今年もよろしくお願いします。

あなたの2005年のベスト本はどんな作品でしょうか?僕が選ぶ2005年のベスト本は三崎亜記の「となり町戦争」です。

最初の十数ページで面白さに惹かれる。奇妙奇天烈な設定をお役所という説得力で押し付ける面白さ。その面白さに導かれ、読者は主人公と共にこの摩訶不思議な設定にスルスルと滑り込んでしまう。
これ、おっかしい、なんて面白がっているうちに、既に「となり町戦争」から抜け出せなくなっている。そして首を傾げる頃には、主人公のみならず、僕らも戦争に加担してしまうのです。

「ねえ、もし戦争が起こったら、あなたは兵隊に行く?」
昔、恋人が僕にそんなことを聞いた。僕は何も答えられませんでした。
この作品のテーマは「戦争」です。
戦争は恐ろしい。戦争をすべきではない。誰もが理解していることだろうが、果たして、本当にわかっているのだろうか。
戦争体験者から生々しい話を聞いたり、資料館でリアルな映像を見学したりすれば、それで戦争の恐ろしさがわかるのだろうか。戦争の歴史をできるだけ正確に把握し、自分の中に戦争価値観を作り出すことで、果たして戦争状態というものがわかるのだろうか。でも僕らが戦争について知りえる手段なんてそんなものです。
中学の修学旅行で長崎被爆者団体の公演があった。会場となった大食堂には、修学旅行独特のメニューが、生徒の数だけズラリと並んでいた。目立たないように仲間にイタズラをする生徒、待ちきれずに生卵を割ってしまう生徒、秩序を保つために目を光らせる教師。老人は戦争実体験を語っていたが、そこにあったのは白けるほどの平和だった。
今も世界のどこかで戦争をしていて、僕らは衛星生中継でミサイルが夜空に放たれる様子を見ることができる。仕事をしながら、夕食を食べながら、漫画を読みながら、恋人と戯れながら。
リアルな体験談やリアルな映像では、戦争のリアルを知ることはできない。戦争のリアルを知らない僕らは、戦争の意味が本当はわかっていない。わかっていないくせに、戦争の社会教育的是非を語る。戦争=罪悪、絶対にすべきではない、だとか、戦争=外交、必要な戦争もある、だとか。

典型的な「巻き込まれ型」の作品で、「巻き込まれ型」の作品の鉄則に従い、主人公は批評性に優れ、その思考を読者が分かち合うことになる。主人公を事態に巻き込む主体は「戦争」という巨大な動き。その主体側から主人公と直に接しているのは、町の回報の隅っこに記された数字や、役場から届けられる各種書類、そしてとなり町戦争推進室の係の美しい女性。銃も兵士も出てこない戦争に加担しているという状態は、戦争とは何か、という大きな疑問を主人公と読者に投げかける。

僕らが暮らす現代社会では、官僚が国民を管理して、国民は税金を払い政策に乗っかっている。その影で悪い奴が甘い汁を啜り、(予算−甘い汁)のサービスを国民は享受する。そのことに慣れている僕らは、官僚が戦争を起こしても、最終的に享受するサービスに変わりがなければ構わない、逆に享受するサービスが向上するなら、官僚が戦争を起こすことを政策と受け止める。この仕組みは、戦争をテーマにしたどんな作品より新しくてリアルだ。
この作品がリアルなのは、読み物としての面白さが、現実社会の面白さにそのまま通じているところにあると思う。政治と役所と国民って思えば複雑な関係で、何のために何をしているのかわからない、ある意味滑稽な部分がある。
平和な世の中ならいいんだけど、果たして戦争になっても今みたいな感じでいいの? まさか。戦争となれば話は別、誰だって変わるさ、みんな必死になるさ。じゃあ、あなたは戦争になったら何のために何を必死でするの? じゃあ、平和な今は何をしていないの? 何が変わるの?
という深い域にまで届く作品でありながら、エンターテイメント小説という意味で、サスペンス性もあり、男女の愛も描かれている。高橋源一郎が「完璧に近い作品」と評したように、深く滑稽な仕組みの中に、作品を面白くする要素が漏れなく含まれている。

三崎亜記という新人作家が、かつてのどんな偉大な作家に匹敵するのかは未知数ですが、この「となり町戦争」という作品は、かつてのどんな傑作にも劣らない。
この本を読むことで、これまで描かれなかった僕らの戦争のカタチを体験できる、なんてことはないでしょうが、とりあえず面白くてやめられない「一気読み」を体験できますよ。

 
評者→浅羽 祐治(33歳):小説との出会いは19歳の頃でした。喫茶店が好きで、隅っこの席に長時間居座っ て、片肘ついてアンニュイに煙草をふかし、手垢のついた文庫本に没頭する学生、と いうポーズをしてみたかったから。

バックナンバー