音楽レビ 映画レビ ひとこま画像 2001年1月15日号
 
 【ブックレビュー】 著:ポータルサイト勤務 高橋明彦(27)
今週の一冊
「姑獲鳥の夏」
京極夏彦
>>>>> 10点

遅ればせながらあけましておめでとうございます。今年もブックレビ・裏ブックレビをよろしくお願いします。さて、今世紀最初のブックレビューですが、今回は前世紀で最も印象に残ったミステリ小説「姑獲鳥の夏」を紹介します。本書は当代随一の人気作家・京極夏彦氏の1994年発表のデビュー作品。この作品からいわゆる「妖怪シリーズ」と呼ばれる京極堂シリーズが始まる記念碑的作品とも言えます(現在同シリーズは7作品刊行)
【あらすじ】
娘が二十ヶ月も妊娠したまま、夫は密室から姿を消した…その事件を中心に昭和初期の東京を舞台して、古本屋にして憑物落とし「京極堂」が活躍する人気シリーズの第一弾。


正直、これほどの衝撃を受けた作品には未だかつてお目にかかってない。「姑獲鳥の夏」に出会えた事は僕の読書人生の中の一つの収穫だとすら思ってる。もし本書を敬遠してきた方はこの本に付随するイメージを捨ててもらいたい。実は僕も今となっては大いに反省しているのですが「妖怪シリーズ」かつ「ミステリ」「人気作家」という看板に騙されて、初版で発売されてから数年の間、本書を軽んじて読む事をしていなかったのです。この本は僕が思ってたような「妖怪」がでたり「超常現象」が起きたり「目玉に手足が生えて」喋ったり…と言った鬼太郎のような理不尽な物語を想像はしてはいけないと。また、人気作家だからと言って不当に軽んじる事も禁物でした。

まず騙されたと思って読んでもらいたい。それが本音であり実感です。ですが、断っておきたいのは本書は必ずしもハリーポッターのような誰でも楽しめる容易な本では無いと思ってます。文章は重厚にして分厚い文章量(本屋で見てその厚さに驚いてください(笑))、展開される論理も難解。特に本書でも前半に長々と展開される禅問答のようなやり取りと認識論では、呆れてしまう人もいるかもしれません。

しかし、その部分はあえて言うなら京極堂の世界に入るための通行手形・予備知識のようなものです。この知識を持ってこそ京極ワールドの良さが「味わえる」のです。駒の動かし方を知らないと将棋が楽しめないように、京極堂のロジックを楽しんでください。そこは我慢を敢えて強いたいと思います。

では本書の魅力とは端的に何なのか?基本は「登場人物たちの魅力」に尽きるでしょう。「この世に不思議は事など何も無いのだよ」が口癖の古本屋にして憑物落としの理屈屋祈祷師・中禅寺秋彦(別名京極堂)。鬱病気味の売れない小説家・関口。奔放でかつ不思議な能力を持つ美男子探偵・榎木津 等々…彼らそれぞれの魅力無しに、京極堂ワールドは語れません。そして驚くべき斬新なトリックと複雑に張り巡らせた秀逸な伏線とその話の展開。バラバラだと思ってたパーツが読んでいく内に一重にも二重にも絡まりあい…そして最後には集約し一気に物語のスピードを速める疾走感と閃きにもにた衝撃。この本を読んだ時に感じた眩暈(めまい)のような感覚を是非味わってもらいたい。螺旋階段にも似てる感覚。人によっては納得できないと怒るかも知れないが、その結論に導いてく流れと積み上げた説得力に身を任せ、貴方も京極堂に「騙されて」もらいたいと思います。

この本は絶賛され、京極夏彦は紛れも無い人気作家。人気にはすべからく理由があるのです。この世には不思議な事など何も無いのですから。

…好きな作品を冷静に語るのは難しいです。これで京極作品の面白さの万分の一も伝える事も出来てないもどかしさを感じますが、このブックレビを見て僕と同じ「良本と出会える喜び」を一人でも感じていただけたなら、至上の喜びと思っております。今年も多くの本に出会い・紹介していきたいと思っております。それでは、皆さん良い読書を…

評者→高橋明彦(27):好きなジャンルはもっぱらミステリー。年食ってから一番印象に残った本は京極夏彦「姑獲鳥の夏」。人が死なないストー リーの本も楽しく読めるように鋭意努力中。

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読み終わった方は・・・・【裏ブックレビ】

裏ブックレビまで読んで頂いてありがとうございます。姑獲鳥の夏…面白かったですよね?(笑)この本は表レビにも書いたとおり個人的に一押し中の一押しの特選本だと心の底から思ってます。

本当に「姑獲鳥の夏」を読んだときは、僕本来の理屈好きも手伝って痺れました。特に中後半の山場である書斎部屋を舞台にした京極堂のオンステージ。憑物落としのクライマックスでしたが。この部分でも多くの伏線が一気に結論に導き出され(なぜ関口は「見えなかった」のか、藤牧が残した日記の内容、ホムンクルスの研究の理由…)驚き閃いたものですが…この段階でも残り数百ページもある事に感動して身震いしました。こんなに盛り上がっておいてまだラストシーンは先にあるのかと。驚愕です。

最後のクライマックスは、そこだけ切り取ると荒唐無稽な妄想物語に見えるかもしれない。関口が急に京極堂に話をされても納得できないように…京極堂が関に言ったように順序だてて例え話をして冗談も交えて・・論を展開したからこそ納得できる世界があると。この「姑獲鳥の夏」もそうだと思う。「心と脳と意識」の認識論・不確定性原理・京極堂的宗教論…多くの理屈を積み重ねて到達できる一つの砂の城のような作品ではないかと思う。

この本を読んだ人すべてが京極堂の「憑物落とし」をかけられて、強引に納得させられてるのかもしれませんね。こんな衝撃を与えてくれる本に今世紀も出会いたいと思います。