今月の一冊
「すべてがFになる」
森 博嗣
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こんばんは。今月もブックレビを読んでくださってありがとうございます。
さて今月の一冊は…久々に「本格ミステリ」を読んでみました。ジャンル的には「新本格派」と呼ばれるミステリ作家の一人、森博嗣氏の実質デビュー作「すべてがFになる」です。当該作品の作者である森氏は一風変わった経歴の持ち主です。彼は中京地方・某国立大学の工学部助教授という生粋の理系センセイであり、それに由来してか彼の作品を評して「理系ミステリ−」と呼ばれたりします。確かに作品に触れて…その評は言い得て妙です。
高校から「数学」なるものを逃げて生きてきた「生粋の文系人間」の僕にとって、実はこの全編を覆う「理系テイスト」(合理的かつ数学的発言・発想)がちりばめられた本作品は、長らく眠ってたツボを押されたような…良い刺激であったのが印象的でした。頭の痛くなる読者もいるかもしれませんね。
本書の粗筋はこうです。
孤島のハイテク研究所で、少女時代から完全に隔離された生活を送る天才プログラマ「真賀田四季」。それに興味を持った大学生「萌絵」と助教授「犀川」が訪れた時に、その隔離部屋から両手両足を切断されたウェディングドレスの死体が発見された。ハイテク密室で誰が何のためにどうやって?…その謎を解く為に二人は動き出す…というようなストーリー。
うーん、ミステリっぽいですね(笑)
ちなみに表題の「すべてがFになる」も謎の一つでダイイングメッセージ?のようなものです。この書で改めて(今さら?)知ったミステリ・推理モノの楽しさとは、ただの「読み物」ではなく、作者との騙し合いと言うか、謎解きに頭を悩ませてこそ醍醐味であるのでしょう。本当にいまさらですが(笑)
どういう事かというと…「ありえない事は起こらない」という事です。幽霊や超能力者も出てこなければ、壁に実は穴が有ったというオチも無い。与えられ知りえた材料・ヒントのみを使って、その事件が可能足りえたか・・・そのパズルを「パーツが足りない事無く」安心して楽しめる。謎解きを考えるに当たって「動機」や「恨みなどの人間関係」というのは些事(ささいな事)で有って、唯一考えるべき事は「その行為が行えた可能性を探る」という事であると。僕はいままで物語に拘泥して、パズルの楽しさを無視してたような気がします。
さらに蛇足的に例えるならば…学校で財布が盗まれた。教室は密室だった。というシチュエーションで頭を悩ませてもしょうがないのは「動機」や「理由」です。これは考えてはイケナイ。だってそんなのはなんとでも付けられる。最も考るべき事、考えられ事は「犯罪可能性」というか「どうやって出来たか?」という事だけなのです。この場合であれば、鍵は誰が持ってた?いなかった人は?どうやったら出来た?という事のみを与えられた情報から考え、可能性が一番高い方法を探る…そして犯人とストーリーを特定するという具合に。
話が脱線+長くなってしまいましたが…ミステリを読む上で、頭に置いておくとより楽しいであろう「ミステリ読書講座初級編」みたいになってしまいました(笑)
ひいては本書はそういうミステリの原点を気づかせてくれるに値する信頼性・論理性・意外性をもった名作であると言いたいのです。これがデビュー作とは思えない完成度です。しばらくはこの人を追って本を読む事になりそうです。
先ほど「理系ミステリ」と言いましたが、96年当時からPCやバーチャルリアリティの技術の革新は激しく…本書の中のバーチャル表現など少々古い感覚を受けるかもしれません。ですがそれに対するアプローチは秀逸で今後のバーチャル世界を考える上でも一読の価値ありかも。特に距離感に対する考え方で…「会いたいか、会いたくないか…それが距離を決める」というくだりは、世界が極端に小さくなる昨今の状況から考えると、至極面白い考え方です。
唯一の難点はパソコン用語が出て来るので…すべてを理解するには少々予備知識が必要な所でしょうか?ですがその部分では本書の面白さは損なわれませんのでご安心を。是非作者の手腕を信じて「謎」を解いて見てください。考えられる可能性は…一つだけなのですから。
それでは今月のブックレビは以上です。ありがとうございました。
評者→高橋明彦(27):好きなジャンルはもっぱらミステリー。年食ってから一番印象に残った本は京極夏彦「姑獲鳥の夏」。人が死なないストーリーの本も楽しく読めるように鋭意努力中。
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