今月の一冊
「OUT」
桐野夏生
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こんばんは。お久しぶりです、10ヶ月ぶり復活「ブックレビュー」を読んでいただき本当にありがとうございます。記念すべき?再開一作目は桐野夏生著「OUT」です。が…リハビリ一発目にしてはヘビーです(笑)
作品自体は3年前に主演・田中美佐子・飯島直子でTVドラマ化された事・今度映画化される事もあり、知ってる人も多いかと思います。僕はドラマは見てませんが…多分この原作の持つ「圧倒的な力」には勝ててないはず、絶対に。
しかし、この直木賞作家・桐野女史をはじめ、近年女性のミステリ作家さんの躍進が著しいです。高村薫・宮部みゆき・小野不由美(順不同・敬称略)ちなみに「ターン」北村薫氏は…男性ですね(笑)。
僕の印象としてことミステリで「リアルで救いの無い暗澹たる世界」を表現させたら、男性は女性に敵わないのではないでしょうか?例えるなら男性のミステリは綺麗な「印象派の風景画」。女性のミステリは「ゴッホの星月夜」「ムンク」のような混沌が文脈から溢れ出てるような狂気と闇の重さ感じます。…あくまで印象ですが、ね。そういう意味で女性は男性よりも「深い闇」を持っているのかもしれないですね。
さて、本書「OUT」の粗筋はこうです。
深夜のコンビニ弁当工場で苛酷な労働と日々の鬱屈した生活に疲弊する主婦・香取雅子たち。ある日仲間の1人が衝動的に夫を殺してしまう。助けを求められた雅子は、仲間の為という感情だけではない、別の何かに突き動かされたようにその事件隠蔽に関わっていく。そして物語は、平凡な主婦を巻き込み闇へと回り始める…という流れとなってます。
※ この事件は「バラバラ殺人」が行われます。表現についてもリアルを極めてますので「バトルロワイヤル」と同様に苦手な人は避けた方がいいかもしれません。事前に注意を。とりあえず食前食後は避ける方が良いです(苦笑)
ですが、バラバラ殺人はこの書の中では一つのスパイスにしか過ぎません。これだけを取り上げて、騒ぎ立てるのは至極ナンセンスですね。僕が特筆したいのは、最初の一頁からラストまでを覆う…どこまでも救いの無い陰鬱さ、都会の夏の「嫌な」湿り気、そしてその空気感です。僕が過去に読んだ本の中でも、間違いなく群を抜いてます。
この雰囲気…半端じゃないっすよ。よくもまあこの平和ボケの日本の社会を、ここまで暗澹たる雰囲気に描けるよなぁ…と感心すらします。この世界は切り取り方次第でこんなにも…暗く、重く、そして閉塞するんですね。凄い。そして、また面白いのが、その劇中のバラバラ殺人。これも感覚的に「怖い」というのでは無いのが不思議です。それは彼女たちにとっての「圧倒的な現実」としてリアルに描かれてるから…むしろ「鈍い・重い」、そして魚を捌いているような「仕方の無い作業感」が最後の方はにじみ出ています>さすが主婦です(苦笑)
「そんな暗い雰囲気で、何が楽しいの?」と思う人もいるかもしれません。
僕がミステリに求める最も重要な要素…それはその小説が持つ「確固たる世界観」に浸る事だと考えてます。作家による類まれな表現力・手法によって紡ぎだされる揺ぎ無いアナザワールド。本書で言うなら一片の甘えも感じさせない「桐野ワールド」。ぬるい自己の現実よりも、圧倒的に陰鬱な光無い世界にどっぷり浸る悦楽。良し悪しではなく…僕は村上春樹氏のようなぼんやりしたメリハリの無い日常世界ではなく、どこまでも尖った非日常のリアルさと冷たさを愛します。その点で「OUT」は僕にとって秀作以外の何モノでも無いと。
本書の主婦たちは、それぞれが逃れられない柵(しがらみ)や、女性が1人では生きずらい社会の不自由さ、起こした事件や自分の過去を引きずって生きる抜けられない泥沼での絶望感を抱えて生きます。その「沼」からなんとしても出たい!…四者四様の生き方、あなたはどう見るでしょうか?主婦の友達がいたなら…是非感想を聞きたい!でも母に読ませるのは…辞めておきます。。
小説の中に印象的な1場面があります。雅子が「カラのまま」廻してしまってた洗濯機を眺めている場面。どこまでも無意味で、同じ事の繰り返し…そして空虚な洗濯機の渦。それが彼女の感じる自分。
僕はこの小説好きです。暗さばかり強調してしまったかもしれませんが、それだけではない面白さが無ければこんなに薦めません。ただ5点ではなく4点(気分的には4.5点)にしたのは、雅子のラスト間際の心の動きが、ちと納得いかなかったのと、最後の冗長な表現方法で1点減点しました。
さて…ラストのページを読み終わった時、あなたはどう感じるでしょうか?読後感は意外にさわやかです。僕はこれハッピーエンドだと思うのですが…皆さんはどうでしょう?
そしてもう一つ、僕は考えます。彼女たちが世間や社会から「OUT(外れた)」のはいつだったのだろうかと。旦那を殺した時?死体をバラバラにした時?さらにお金に目がくらんだ時?…もしくは柵(しがらみ)から逃れられない「渦」にはまっていたずっと前の時点で…彼女たちは「OUT」だったのでしょうか・・・と。
是非一読を。生理的に駄目じゃなければ…まちがいなく損無しです。太鼓判。
評者→高橋明彦(27):好きなジャンルはもっぱらミステリー。年食ってから一番印象に残った本は京極夏彦「姑獲鳥の夏」。人が死なないストーリーの本も楽しく読めるように鋭意努力中。
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