今月の一冊
「蹴りたい背中」
綿矢りさ
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「お久しぶりです」…との書き出しが正しいかは定かではありませんが、一昨年以来の「ブックレビ」となります。覚えていらっしゃる方は書き出しの文言で、初めての方は「よろしくお願いします」。という訳で、「週刊レビュー」内の1コンテンツとして月に1度僕が読んだ本を徒然にレビューし、皆さんにご紹介できればと思っております。独断と偏見で書かれた僕のレビューですが、きっかけに皆様に新たな本との新たな出合いがあれば、幸甚です。(基本的にネタばれ無しなので安心してお読みください)
それでは、復活1冊目は…綿矢りさ著「蹴りたい背中」を読んでみました。文壇の話題づくりにまんまと乗っかってるようで、むずがゆい気もしますが(笑)ここは素直に気になっていた本を選本してみました。
この本に纏わる一連の動きは言わずもがなですか…スポーツ新聞にも写真付きで紹介されてたような気がします。今年第130回芥川賞を現役大学生19歳という最年少で受賞。そのビジュアルも併せて話題となり、一時期本屋から本が消えるというプチフィーバーを巻き起こす。特にネットでは「りさたん萌え」という脱力フレーズと共にアイドル並みの扱いでした。…まあ彼らが実際に読んでいるのかは、甚だ疑問ではありますが。。
で、細かい話はさておき、本書はぶっちゃけどうだったかと。
判断が難しいのですが、題名や出版社のマーケティング含め「オモシロイ」と思いましたよ、僕は。勝因は期待をしすぎなかったのがよかったかと。ですが最年少「芥川賞」受賞作という色眼鏡をつけて意気込んで読むと肩透かしをくらいそうな作品でもあります。
ざっと本書の筋を。
舞台はどこまでも日常の高校。学校というコミュニティになじめずに、でも冷静に周囲と自分を見ながら息を殺し生きる「長谷川初実(ハツ)」。そして同様にクラスで怪しげでハブにされてる男子生徒「にな川」。陰鬱で何を考えているか分からない彼にひょんな事から近づき、ハツが垣間見る彼の世界。そしてその彼に対して沸き起こるエモイワレヌ不思議なハツの感情…
話が脱線+長くなってしまいましたが…ミステリを読む上で、頭に置いておくとより楽しいであろう「ミステリ読書講座初級編」みたいになってしまいました(笑)
ふう…純文学の筋をざっと書くのは大変です(笑)
オチも無ければ、ミステリのように人も死なないし、主人公に人生の目的も無ければ、たいした苦難困難も無い。時にはストーリーすら曖昧だったりします。でも純文学とはそんなものであり…本書もそうなのですが「エッセイ」だと思えば受け入れやすいかなと。あれですね、すべてはドラマチックな「源氏物語」である必要はなく、なんのきなしな文章の「枕草子」も同様に評価されてる訳ですからね。そんな感覚で。
さて…本書を敢えて偉そうに評させて貰うなら「思春期の、でもちょっと独特なひねくれた感情描写の瑞々しく軽やかなタッチと、その表現の巧みさ」でしょうか。芥川賞という堅い響きとは裏腹に、主人公と同世代の女子高生を含め、万人が読みやすい仕上がり。文章も表現が面白い+独特の言い回し+毒舌というかシニカルで・・・僕自身の好みです。結構ニヤリとさせられる言い回しが多々あり、うまいなって感じましたね。彼女は、すごくいい「エッセイスト」になるんじゃないかな?とも思います。
難点を挙げるなら、多様な表現に拘ったが故に時折「小手先」感がしてしまいます。
ウマいんだけど…「軽い」感じ。例えるならカッターナイフな切れ味でいい表現なのですが、相手を倒すには至らない。19歳というバックグラウンドの浅さなのかスタイルなのかは分かりませんが、全体的に心に強く響くものが無い「読みやすい本」なってます。でも、ここで気をつけたいのは「芥川賞」だから、純文学だから「人間について深く悩み、重々しくなきゃいけない」ということは無いはずです。賞はあくまで「後付け」で付けられた賞であって、彼女がこの作品で表現したかった事や彼女のスタイルとはなんら関係ないっていう事です。過度に「名作」を期待したり、芥川が生きてたらなんと言うだろうか…とか言うのは見当違いな批判であり。いろんな色眼鏡を掛けずに純粋に読み物として楽しむ事をお勧めします。
結論としては、機会があれば一読はお勧めで。上記の注意付きではありますが。 ありきたりな表現でなんですが、19歳でこれだけヒネた、かつ芥川賞にノミネートされる「文学のカタチ」を守った本を書けるってのは、単純に凄いと思いますね。そもそも「文学」という規定の枠を押さえた上で一冊仕上げるってのは、多分誰もが思っているより難しいことだと思うので。
んで、この本を読んで次作品と「インストール」(前作品)を読むか?と聞かれたらどうか。
難しいです…限りある時間との兼ね合いで、多くの本から選ぶにはちょっとパンチが足りない感じがします。あっさり楽しく読めるので、時間に対する満足度は高いですけどね。綿矢氏がもうちょっと年季と人生経験を積んで、表現だけじゃなく実が詰まった本を出したときに、改めて読みたいな…ってのが正直な感想です。
以上、復活一発目という事で長くなってしまいましたが、ブックレビ第一弾、綿矢りさ著「蹴りたい背中」でした。 たいへん遅ればせながら、綿谷氏「芥川賞受賞」おめでとうございました。今後のさらなる活躍を期待しております。
※芥川賞 昭和10年制定。1年間に発表された純文学短編作品の中で最も優秀なものに呈する賞。(自薦ではない)。主に無名、もしくは新進作家が対象となる。正賞は懐中時計+100万円。選考委員は池澤夏樹・石原慎太郎・黒井千次・河野多惠子・高樹のぶ子・古井由吉・三浦哲郎、宮本輝、村上龍、山田詠美の各氏。
評者→高橋明彦(29):好きなジャンルはもっぱらミステリー。年食ってから一番印象に残った本は京極夏彦「姑獲鳥の夏」。人が死なないストーリーの本も楽しく読めるように鋭意努力中。
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