今週の一本
「マイノリティ・リポート」
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監督、スティーブン・スピルバーグ。世界で最も有名な映画監督だ(断言)。彼はアカデミー監督賞を貰えない名監督としても有名でした。娯楽映画専門の監督として、アカデミー協会から黙殺されてきたのだ。そのためか、1985年の『カラーパープル』あたりから興行収入かアカデミー賞のどちらかのみを狙うという偏った作風になります。富(金)と名声(賞)のどちらかをまるでON/OFFスイッチを切り替えるが如く交互に追求してきたスピルバーグ。その甲斐あってか、1993年に『シンドラーのリスト』で念願の受賞となるわけです。で、今作では彼のスイッチ、まさに富(金)側がONになってます。
主演はイケメンハリウッドスターの代表、トム・クルーズ。スピルバーグの作品には珍しく、典型的な男前スター俳優を起用してます。この辺りからもスピルバーグの売る気が伝わってきます。
原作はフィリップ・K・ディックの『少数報告』。ディックは『ブレードランナー』の原作となった『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』で有名なSF作家です。1982年(『ブレードランナー』公開の年!)に53歳の若さで死去されてます。
ジャンルとしては未来予知もの+災難巻き込まれ系といったところでしょうか。この手の話はシナリオが命です。ある決定された未来に否応なく近づいていくハラハラ感と逃げ場の無さ。これをいかに表現できるかが勝負どころだと思うのです。なのに、なんかもうトム自分から災難に飛び込んで行くからな。んで、巻き込まれてから「NOー!」とか言ってるし。アホか君は。36時間ぐらい大人しくどこかに隠れてろと言いたい。まあ、それだと話が進まないんだろうが…。いや、せめて「必死に隠れてたけどダメでした」ぐらいの説得力がほしかった。
舞台は近未来でして、各分野の専門家の意見に基づいた約50年後の世界が描かれています。その未来世界の映像が「見よ!これが50年後の世界だ!」とばかりに紹介されるんですよ。もっと、さり気なくやればいいのに。あっ、でもあのグローブみたいなやつは欲しいかも。
で、なぜかこの映画、シリアス路線であるはずなのにしきりに笑いを提供しようとします。緊迫したシーンでもお構いなしに、短絡的なギャグが挿入されるのだ。それが笑えないっす。もしかしたらギャグと気付かない方もいるかもしれません。言わば「滑ってる」ってやつです。かつて、活き活きしていた頃のハリソン・フォード(今は常にしかめっ面)が『インディ・ジョーンズ』シリーズでやっていたようなコテコテギャグはトム・クルーズには向かないんでしょうね。根が真面目そうに見えるからかなあ。それを逆手に取った『マグノリア』でのトムの登場シーンには爆笑したのに。この辺り、スピルバーグ流ギャグの単純明快さが裏目に出てます。
あと、最近やたら目に付く映画内の広告について一言。実在する企業名や商品がこれ見よがしに登場するアレです。トム・ハンクスの『ユー・ガット・メール』におけるAOL(アメリカ・オンライン)なんかが有名。公開直後、AOLへの加入者は激増したといいます。最近ではトム・ハンクス(またか)の『キャスト・アウェイ』が酷かった。FEDEXの会社PR映画みたいでした。そこまであからさまではないけど、この映画でもトヨタとかGAPの広告が流れます(LEXUSとはトヨタの欧米向けブランド)。スポンサーの為とは言え、やりすぎると作品の質にかかわると思うぞ。
以上のように、この映画はストーリー上なくても何の支障もないシーンでいっぱいです。これらの無駄シーンが話のスピーディーな展開の妨げになっている気さえします。あまりにモタモタしているから観客の思考がシナリオの進行を追い越してしまうほど。先の展開が読めてしまうのだ。
スピルバーグについて、私は一つ疑問があります。富(金)スイッチがONの状態の彼、手を抜いてるんじゃないか?と。みんなが好きなSF映画にサスペンスやコメディ要素も盛り込み、CGも使いまくる。そして、分かりやすく共感しやすいテーマを選び、誰でもついてこれるスピードで進行させる。と、こんなふうに安易に最大公約数を選択していく映画創りをしてる気がする。観客動員数を上げようとした結果、作品の質が下がっているのでは?
絵ヅラが派手なだけの質の低いエンターテイメントなら、もう間に合ってるんです。 もっと真剣に全力で娯楽映画を作ってほしい。
かつて、娯楽映画の神様スピルバーグがそうしたように。
評者→青木泰子(29):いい映画って少ないですね。年に数本見つかれば多い方。これじゃあまりに寂しい。ならば残ったダメ作品を楽しむしかない。例えダメな作品でもダメなりに楽しく紹介する、そんなレビューになればいいな。
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