今週の一本
「ファム・ファタール」
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巨匠ブライアン・デ・パルマ。スタイリッシュな映像や卓越したカメラワークに定評があり、その一貫した作風からコアなファンも多い監督です。ヒロインとなる”宿命の女(Femme
Fatale)”を演ずるのはレベッカ・ローミン=ステイモス。『X−MEN』シリーズの全身が青いミュータント、ミスティーク役の人と言えば分かるでしょうか。ミスティーク役としての一番の悩みは、「座った便座が青くなること」なのだとか。なんとも切実な悩みですね。他にスーパーモデルのリエ・ラスムッセンがキワドイ格好でティクビを見せたりして華を添えています。男性陣はアントニオ・バンデラスやピーター・コヨーテが出演。音楽は坂本龍一が担当しており、デ・パルマ作品では『スネーク・アイズ』以来2度目の起用となります。
映画監督という職業は表現者である反面、気まぐれな役者達のご機嫌をとったり、興行収入を重視するプロデューサーの意向に泣く泣く従ったりと、さぞかし気苦労の絶えない仕事だと思います。でも本作に関しては、そんな心配全くご無用。監督のブライアン・デ・パルマは自分の撮りたいものを思う存分撮っています。おそらく何の制約もないのでしょう。なりふり構わず撮りまくった結果、過去のデ・パルマ作品で見覚えのあるシーンが目白押しです。
欲望の赴くまま撮っただけあって、本作にはデ・パルマが大好きな要素が満載です。デ・パルマが好きなものとは即ち、変装、盗聴、盗撮、女性の下着(脱ぎたて)、ストッキング、エロ踊り、覗き、女性の入浴などです。巨匠ブライアン・デ・パルマ、…ヘ○タイです。まず間違いなくヘン○イです。で、あまり好き勝手に撮るもんだから、おかしなところがいっぱいあるんです。
例えば、1000万ドル相当のダイヤ入りヘビ型ビスチェを盗むシーンでは、それを身に付けているモデルをヒロインが誘惑し、女子トイレで脱がせて盗むという不自然さ。これはただ単にデ・パルマが「美女2人によるレズシーン」を撮りたかっただけなのである。さらに、脱がせた宝石を隣りの個室で回収するのがなぜか黒人男性。リアリティを求めるなら、女子トイレに入っても怪しまれない女性がやるべき役割です。これはデ・パルマが、「悶える女と壁一枚隔てたところに男がいる」という画を撮りたかっただけなのである。そしてこれらは全て、彼の極めて個人的趣味によるもの。間違っても観客へのサービスではなく、デ・パルマ自身に対するサービスショットなのです。
何の必然性もなく始まるセクシーダンス(エロ踊り)も、デ・パルマにとっては最重要事項。巨匠が真顔で「私はエロ踊りが大好きなのだ。どうしてもエロ踊りを撮らねばならんのだ!」と言えば、たとえストーリー上不自然であろうと、女優も撮影スタッフも従うしかないのだ。巨匠ブライアン・デ・パルマ、…筋金入りのエ○オヤジだ。
全編そんな感じなので、サスペンスものとしては穴だらけ。しかしそれに反して、映像は凝りに凝ってます。得意とする流れるようなカメラワーク。息を呑むスローモーション。画面を2分割して進行させつつ、最後に左右の画がピタリと一致する見事な演出。ラストシーンの反射する光の描写なども素晴らしい。その冴え渡る映像センスはさすがデ・パルマ!
また、その映像の中には隠された遊びが満載です。水槽から溢れる水やコップに注がれる水のナゾ。3時33分を指し示す時計。何度も貼り替えられるポスターに隠された意味。何度も登場するホテルの部屋。ヒロインが一瞬すれ違うだけの人物たちにも意味があったりします。これら全てがあるオチのヒントになっているのですが、初見で気付く人はまず居ないでしょう。現に私は2回観ました。ストーリーを追わず、画面の端々に写っているものだけに集中して観た2回目は、作品の印象がガラリと変わりました。山ほどある隠し要素を探すのも、この作品の楽しみ方の一つでしょう。
本作にとって、大枠のストーリーや辻褄などはどうでも良く、際限なく供給されるデ・パルマ節をひたすら楽しむための作品だといえます。そしてそのデ・パルマ節は『アンタッチャブル』や『ミッション:インポッシブル』を撮ったお利口さんのデ・パルマではなく、『殺しのドレス』や『ボディ・ダブル』を撮った低俗な変態趣味全開のデ・パルマによるものなのです。
まず一般受けしないだろう今作は3点とさせて頂きますが、コアなデ・パルマファンの方なら1点足して4点というところでしょうか。観る人によって、ゴミにも宝物にもなり得る一品です。そして誰よりもこの作品を楽しんだのは、他ならぬデ・パルマ本人だったのではないでしょうか。
評者→青木泰子(30):いい映画って少ないですね。年に数本見つかれば多い方。これじゃあまりに寂しい。ならば残ったダメ作品を楽しむしかない。例えダメな作品でもダメなりに楽しく紹介する、そんなレビューになればいいな。
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