音楽レビ ブックレビ ひとこま画像 2003年11月5日号
 
【隔週更新映画レビュー】 著:システム開発会社勤務 青木泰子(30)

今週の一本
キル・ビル vol.1」

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今、私の手元に「レザボア読本」なる小冊子があります。これは1993年の『レザボア・ドックス』ビデオ化に際して、各ビデオ店に置かれていたチラシでして、当時ほとんど無名だったタランティーノが深作欣二と並んで笑っている写真が掲載されています。そこには「憧れの深作監督と対面し大感激!」という吹出しがあり、さらに深作監督も「この映画、気に入ったぜ!」とコメントしています。その後も2人は交流を続け、時には千葉真一と3人で合宿までして、一緒に撮る映画のことを語り合ったそうです。国境も人種も年齢も越え、お互いを認め合った映画野郎の熱い友情。そして本作の冒頭には「This film is dedicated to master filmmaker Kinji Fukasaku」のクレジットが…。くぅ、泣けるぜ。

監督・脚本は、テレビのインタビューで一生懸命喋ったことがバッサリカットされるほどのお喋り好き、シャベリタランティーノの異名をとるクエンティン・タランティーノ。ヒロインの血まみれ花嫁、ザ・ブライドことXXXX(ピィー!)には、『パルプ・フィクション』のユマ・サーマン。彼女が「怨み晴らさでおくべきかぁ〜」と復讐する5人のターゲットは以下の通り。
1.オーレン・イシイ(ルーシー・リュー)
2.ヴァニータ・グリーン(ヴィヴィッカ・A・フォックス)
3.バド(マイケル・マドセン)
4.エル・ドライヴァー(ダリル・ハンナ)
5.ビル(デビッド・キャラダイン)
そして、日本からは鉄球を操る女子高生、GoGo夕張に栗山千明。さらに刀職人兼、寿司屋のオヤジ服部半蔵役として、監督憧れの俳優ソニー千葉こと千葉真一が登場します。

「一番好きな映画監督は?」と聞かれたら、迷わず「タランティーノ」と答える私にとって、『ジャッキー・ブラウン』以降、監督作がなかった5年間は実に寂しい日々でした。その辺の職業監督と違って、「一作一作を大切に撮っていきたい」という彼の真摯な姿勢を支持しながらも、なかなか撮ろうとしない彼にもどかしさも感じていました。そして、やっとこさ公開された本作は、「足を洗った女殺し屋の復讐劇」という激シブのシナリオ。それはもうさぞかしカッコイイ映画になっているはず。が、蓋を開けてみたら「なっ、何じゃコリャー!」

はっきり言って、『キル・ビル vol.1』は変な映画です。とっても変。でも、どんな風に変なのかを正確に説明するのは難しいので、代わりに撮影時のエピソードをいくつかご紹介しましょう。本作を撮るにあたって、タランティーノが如何にふざけているのか、そして同時に如何に本気だったのかが分かってもらえるでしょう。

エピソード1:東京の空は何色?の巻
ジャンボジェット機が東京に降り立つシーンを撮影スタッフに説明するタランティーノ。しかし彼には譲れないこだわりがあるのだった。
タランティーノ 「飛行機が飛んでるシーンは特撮風にしたいんだ」
撮影スタッフ 「えっ?でも今時CGを使うのが常識ですが?」
タランティーノ 「CGじゃダメなんだ。安っぽい書き割りとミニチュアにしたいんだ」
撮影スタッフ 「ハ、ハア…」
タランティーノ 「ゴケミドロのような感じにしたいんだ」
撮影スタッフ 「…えっ?ゴ、ゴケ?」
タランティーノ 「『吸血鬼ゴケミドロ』(68年松竹)だよ!あの映画の空と同じ色にしたいの!」
撮影スタッフ 「ハァ?」
結局、日本人スタッフの手によって見事にゴケミドロ風・毒々オレンジの空を再現することに成功。その出来にタラちゃんも大満足だ。

エピソード2:究極の演技指導の巻
ユマ・サーマンとダリル・ハンナの対決シーンを演出するにあたって、タランティーノは2人を呼んで熱心に演技指導するのだった。
タランティーノ 「2人の対決シーンはこれを参考にしてほしいんだ」
そう言いながら、ハリウッド女優2名に怪獣映画『サンダ対ガイラ』(66年東宝)のビデオを手渡す。
2人の女優  「えっ?なっ何これ?」
タランティーノ 「君たちもサンダとガイラが闘うように闘うんだ!」
2人の女優  「えぇっ?!…ひょっとして、“ウガーッ”とか言うの?」
タランティーノ 「違う!“フンガーッ”だ!」
2人の女優  「…えっ?」
タランティーノ 「だから、“フンガーッ”だよ!」
2人の女優  「…」
その結果、2人の対決シーンはモノ凄いことになっているとか。このシーンは来春公開予定の『キル・ビル vol.2』に登場するはずなのでお楽しみに。

どうですか、この溢れんばかりの情熱。映画に対する偏愛ぶり。他に参考にした映画を挙げますと、『子連れ狼/三途の川の乳母車』(72年東宝)、『修羅雪姫』(73年東宝)、『直撃地獄拳』(74年東映)などのキワモノ邦画や『片腕カンフー対空飛ぶギロチン』(75年)、『キング・ボクサー/大逆転』(72年)などのチープな残酷カンフー映画などなど。70年代を中心としたあまりにマニアックな作品群。そのため、アクションシーンにもあえてCGは使っていません。腕を切られるシーンなんて単に袖に手を通してないだけ(胴が不自然に太い)だし、血もホースとポンプで飛ばしてます。しかも、噴水のようにピューピュー飛びます。血の出が悪いと撮り直し。また、安っぽい残酷さに満ち溢れており、首は飛ぶし、手足は切り落とすし、「ポンッ!」ってな感じで目ん玉も引っこ抜く。「リアリティなんてクソ食らえ!」と言わんばかりです。さらに、寿司屋の安っぽいセットや間違った日本描写も、全て狙ってやっているのです。

とにかくこんな感じなので、今までのタランティーノ作品のようなスーパークールなバイオレンス映画を期待すると、思いっ切り肩透かしを食らいます。でもシビレるシーンもいっぱいあって、ルーシー扮するオーレン・イシイが手下を引き連れて闊歩するシーンはキマッてるし、ユマ扮するザ・ブライドが大殺戮劇を繰り広げる料亭・青葉屋に「ショーブハ マラ チュイチャ イネーヨ!」と登場するシーンなんて、ゾクゾクするほどカッコいいのだ!

俳優として芽が出ず、しがないレンタルビデオショップのバイト君だった頃、タランティーノが映画オタク仲間と熱く語り合っては悶々としていたマニアックな作品達。それらを可能な限り取り込みまくった本作は、かなりアバンギャルドな映画に仕上がっています。そんな作品が広く万人に受け入れられるはずはないのですが、この作品には映画オタクライフとは無縁の一般人をも引き込むパワーがあるのです。

映画オタク人生をまっすぐに生きてきたタランティーノの映画に対する熱い思いが、いや魂が、『キル・ビル』にはいっぱい詰まっています。そういう意味で、過去撮られたどの作品よりもタランティーノらしい映画なのかもしれません。彼の頭の中にある映画オモチャ箱をひっくり返したような作品なのです。人を魅了して止まない愛すべき変人・タランティーノの脳内には一体何が詰まっているのかという疑問に、本作は全力で答えてくれるのです。でもこんなもの捧げられて、天国の深作監督はちょっぴり困っているかもね。

評者→青木泰子(30):いい映画って少ないですね。年に数本見つかれば多い方。これじゃあまりに寂しい。ならば残ったダメ作品を楽しむしかない。例えダメな作品でもダメなりに楽しく紹介する、そんなレビューになればいいな。

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